多くの企業が活用するデジタル広告ですが、日本では広告運用からレポーティングまで広告代理店に委ねているケースが大半です。デジタル広告の獲得効率やROIについては頻繁に話題になるものの、デジタル広告に潜むリスクやその対策については、依然重視されていないのが実状です。一方欧米諸国では、デジタル広告のリスクも含めレピュテーションリスクとして管理しています。
国内においてもJICDAQ(一般社団法人 デジタル広告品質認証機構)が発足し、広告の品質に対する意識が高まっている今、リスクマネジメントの観点からデジタル広告とどのように関わっていくべきなのでしょうか。
監査法人として多くのリスクアドバイザリーを行っている有限責任監査法人トーマツと、国内のデジタル広告の健全化にいち早く取り組んできたMomentum株式会社の2社が、デジタル広告投資における企業のリスクマネジメントについてセッションを行いました。
登壇者プロフィール
メインスピーカー:安藤 茂宏(有限責任監査法人トーマツ)
Media & Advertising Advisory
大手広告会社グループにおいて、約20年に渡ってデジタル広告領域での業務経験を経て、有限責任監査法人トーマツに入社。 前職では、デジタル広告領域においてアドテクノロジーを活用した多数のビジネス開発などに従事した。 現在は、デジタルマーケティングやアドテクノロジーなどの知見を活かした広告主企業へのアドバイザリー業務に従事している。
共同スピーカー:柳谷 俊輔(Momentum株式会社)
Chief Product Officer
楽天株式会社でキャリアをスタートし、エンジニアからアナリストへの異動を経て開発視点での社内コンサルティングに従事。2012年にcomScore Japan株式会社に入社。ワールドワイドなデータ提供プレイヤーという立ち位置からB2Bビジネスを内資、外資問わず担当するとともに、アドベリフィケーションの日本国内での啓蒙活動に従事。2018年4月にMomentum株式会社に参画、2022年4月より現職。
モデレーター:川口 あい(NewsPicks Studios)
Business Growth Team Senior Editor
昭和女子大学大学院文学研究科修士課程修了。小学館クリエイティブ、ハフポスト日本版パートナースタジオ チーフ・クリエイティブ・ディレクター等を経て現職。スポンサードコンテンツ制作、メディアビジネス領域に従事。
デジタル広告を取り巻く環境_デジタル広告費が4マス媒体の広告費を上回る
近年、インターネット広告費は増加し市場は成長していますが、2022年も引き続き伸長していくのでしょうか。
柳谷:昨年の状況について詳しく解説すると、成果報酬型広告に関しては鈍化していますが、検索連動型広告やディスプレイ広告、ビデオ(動画)広告、その他の広告は120%前後で伸長しています。その結果、インターネット広告市場全体として120%超の成長をしています。
インターネット広告市場は2022年も引き続き伸長すると考えています。成果報酬型広告に関しては昨年同様、鈍化するものと見ておりますが、「その他の広告」が特に伸びるのではないかと考えています。
安藤:毎年二桁成長を続けているインターネット広告市場ですが、2021年の広告費の大きなトピックスとしては4マス媒体(テレビ・ラジオ・新聞・雑誌)の合算値よりも、デジタル広告の実績が上回っている点です。日本だけでなく世界的に見ても伸長している市場であり、このトレンドはしばらく変わらないだろうと捉えています。
デジタル広告業界の動きについてはいかがでしょうか。
安藤:デジタル広告市場の拡大に伴い、膨大な数のサイトの監視が行き届かないことにより様々な問題が生じています。
2017年にはイギリスメディアのTIMES紙において、動画共有サイトに数々の世界的ブランドの広告が出たという報道がありました。日本においても「ネット広告の闇」とメディアが報じたり、漫画村事件が明るみに出たのは皆さんもご存知かと思います。
以降、国内外の業界をあげて改善に向けた対応が進んでおり、2018年には世界広告主連盟(WFA)が、Global Media Charterにおいて、初めてアドフラウドやブランドセーフティ、サプライチェーンの透明化など、広告主として重視する8つの原則を公開しました。日本でもJICDAQを中心に、アドテクノロジーベンダー、広告会社などに品質担保ができている認証を与えることで健全化を図る動きが出ています。また業界だけでなく、各国の政府も動いています。日本では「デジタルプラットフォーム取引透明化法」という法律が2021年2月に施行されました。現状では、オンラインモールとアプリストアの2分野がプラットフォーマーの規制の対象となっていますが、今後はデジタル広告も規制の対象となる方針が示されています。デジタル広告の品質向上のため、モニタリングレビューを通して「広告主の買い方改革」などの対策を進めていくことになると思われます。
現時点ではあくまでデジタルプラットフォームに対する規制ですが、この動きが安かろう悪かろうという様なデジタル広告から、信頼が担保されている広告への改革を進めていく動きになる可能性があると注目しています。
進まないデジタル広告のリスク対策_構造のブラックボックス化
業界の取り組みや法の施行が進む一方で、日本はリスク対策面でまだ遅れを取っていると思います。特に「ブラックボックス化」してしまう傾向があるようですが、なぜでしょうか。
柳谷:日本の地理、文化的な事情など、さまざまな要因が関係していると思いますが、日本の広告主は広告運用の大半を広告代理店に任せているケースが多いことにあると捉えています。
社内のマーケティングや運用部門などのいわゆる外注担当部門と、その外注先である広告代理店の間でレポート内容を決められるケースが多く、結果としてデジタル広告におけるリスクまで細かく言及されず、ブラックボックス化している実態があります。
広告主においては、社内の複数ある部門・部署の広告に対する問題の捉え方が異なっていることが現実問題としてあり、全体最適化が行われづらいとされています。また、デジタル広告の担当者に意見・裁量が与えられていない事情も少なからずあるようで、問題が起きた際も、広告を止めることによる売上への影響を危惧し、リスク対策を横に置いてしまっていることも問題であると捉えています。
しかし、デジタル広告のリスク対策に適切な費用を払う意思決定がなされているのかと言うと、必ずしも必要コストであるという認識は持たれていないようです。「そもそもこれまで問題が顕在化していない」ことから、リスクに対する適切な処置と対策のための予算確保まで検討が及んでいないのです。
安藤:広告運用のKPIにおいては、CPAを重視されている広告主は非常に多いですが、ブランドセーフやビューアビリティの比率をKPI化されているケースは少ないと思います。即ち、これまでデジタルリスクが発生したことがないというよりは、実際には起きているもののキャッチアップができていないケースも多いのではないかと感じてます。
想定される企業リスク_コンプライアンス違反を招く可能性
安藤:どのようなリスクを誘発するおそれがあるかと言いますと、まずアドフラウド(広告詐欺)の問題が挙げられます。botのようなプログラムによって広告の視聴やクリックをされることで、不正な広告費流出を招きます。また、コスト面の問題だけでなく、知らないうちに反社会的組織の資金源になることも懸念されますので、企業のコンプライアンスの面においても大きな問題が生じ得ます。
次にブランドセーフティの面では、広告主が希望しないサイトに広告が出てしまう可能性があります。広告の本来の目的はブランド価値を高め、顧客を獲得することですが、全く逆の効果を生み出してしまう可能性があるということです。当然ブランド価値が毀損されてしまい、アドフラウドと同じようにコンプライアンスの問題にもつながります。また、公序良俗に反するようなサイトに広告が出てしまった場合は、それを助長しているように捉えられ、レピュテーションリスクにもつながります。
レピュテーションが毀損されうるリスク_未然防止のためには監視が重要
デジタル広告によって、レピュテーションが毀損されてしまった具体的な事例はあるのでしょうか。
柳谷:まずYouTubeで起きた事例として、ある政党の立候補者の広告が、元反社会勢力を名乗る配信者のYouTubeチャンネルに掲載されてしまったことがあります。当該政党のブランド毀損に加え、アドフラウドに類似する内容にもなってしまい、政党が反社会勢力の資金源になってしまうような活動とも捉えられてしまう可能性が十分にありえます。
次に漫画サイトの事例です。社会的な問題にもなった「漫画村」は、サイト自体はクローズされたものの、その後も類似サイトが次々に生まれています。そのうちの一つ「漫画ロウ」というサイトに、官公庁の広告が掲載されるという由々しき事態が発生しています。これは、現時点でも継続的に発生している状況です。これらの事例が引き起こす、4つの問題点があります。
1. 広告費が違法な不正事業者(海賊版サイト運営社、個人)の利益になる。
2. 著作権侵害サイトに広告が掲載され、コンプライアンス違反のリスクがある。
3. botなどによる無効なインプレション、トラフィックが発生することにより、無駄な広告費が発生している。
4. コンテンツのホルダーに発生すべきであった利益の損害(著作権侵害)。いずれも、広告主はもちろんのこと、広告配信業者のレピュテーションまでも毀損した事例と言えます。
安藤:漫画村の事件をきっかけに、広告主の皆さんをはじめ業界の意識は高くなりましたが、残念ながらあの一件で終わりかというとそうではないのが実態です。インターネットの世界には、新たなやり方で悪事を働こうとする者が後を絶ちません。きちんと監視できる体制を整えることが重要だと考えています。
日本と欧米における広告主と広告代理店との関係性の違い_CMOの存在
日本と欧米では、広告主と広告代理店の関係性に、大きな違いはあるのでしょうか。
安藤:関係性の違いについて、量と質の両面で比較したデータがあります。
まず量的な面では、欧米の広告対策市場は数千億円にのぼるものと推計しています。これはアドベリフィケーションツールだけでなく、対策に関わる3PAS(3rd Party Ad Serving の略で、第三者配信という意味)やコンサルティングにかかるコストも含んでいます。
一方日本の場合は、欧米と比較するとかなり低く数十億円の市場規模であると推計しています。これには日本と欧米の構造の違いが大きく起因していると考えます。外資系企業の広告主の特徴として、CMO(Chief Marketing Officer)が広告対策における計測を実施して、広告獲得にかかるコストなどのデータを定量的に把握していることが挙げられます。このような体制下で推進する際、手元にデータがあることで何か問題が発生した場合にリアルタイムで対処できるのが利点です。
反対に日本の場合は、広告主が広告運用やその対策を広告代理店に委託する傾向が海外よりも強いです。広告代理店側でアドベリフィケーションを重視し、対策しているケースも多いと思いますが、広告主自身が対策の必要性に気づけているかというと、中々そうではありません。例えば、広告代理店経由で対策されている広告主の場合でも、月に1~2回の頻度でアドベリフィケーションの指標をチェックする体制まで至っていないケースが多く、ともなれば何か問題が起きた時、即時対応することが難しくなります。このように日本と欧米での構造の違いによる部分が大きいと見ています。
当然、外資系企業の広告主の中でも、対策している・していないについての差はありますが、少なくともブランド価値を重視される広告主は、しっかり対策されている方が多いことは私の実感値としてもあります。
柳谷:日本と欧米でそもそも総広告費の市場規模感が違うので、それに伴うリスク対策費も違ってくることは当たり前のように捉えられるかもしれませんが、総広告費に占めるリスク対策費を見ると、米国では0.5~1%、日本では0.05%~0.1%と、米国の10分の1に満たない状況です。この背景には、CMOをはじめとする決定権を持つプレイヤーの存在が日本ではまだ少ないことが要因としてあると捉えています。裁量と決定権を持ったプレイヤーの有無が日本と欧米におけるリスク対策費に差をつけているのではないでしょうか。
世界の広告主の優先課題とインハウス化の浸透_広告代理店との共存により、ノウハウを蓄積
安藤:WFAの調査によると、半数近くの世界の広告主が優先的な課題として第一に挙げたのが透明性です。透明性とは、どんな面に広告が出ているか、取引価格は適正か、などを意図しています。
そして、CMOの予算配分を問う質問の回答では、意外なことにメディアフィーを上回りテクノロジーが第一位でした。DMP、CMPの運用やダッシュボードの開発に係る費用など、テクノロジー関連のコストが積極的に使われているのかと見ています。
もう一つ特徴として、インハウス化のためのコストがメディアフィーと同じくらい使われていることです。広告会社が持つ機能を社内に持っているかについての質問の回答を見ると、前回調査の5年前と比較して20%増えています。欧米では約8割の広告主がインハウスの体制構築をしていることも、日本と大きく違う傾向です。
しかしながら、欧米でも全ての広告代理店機能を社内に持っているわけではなく、殆どの広告主が外部の広告代理店と協業しながら、部分的な業務はインハウスの体制で完結しているようです。
柳谷:日本でインハウス化が進まない要因の一つに、全ての業務をインハウス化しようと考えキャパオーバーになってしまうことがあると思います。単純に広告代理店を切り離すことを考えるのではなく、ノウハウを蓄積し再現するためのインハウス化を目指すことが重要だと考えます。広告主と広告代理店が良い意味で共存できる環境が望ましいです。
デジタル広告リスクアセスメントのご紹介_ツールの活用と仕組み化
安藤:デジタル広告のリスク対策の1stステップとして、まずは広告主自身がどのようなリスクに置かれていて、そのリスクによりどんな影響を受ける可能性があるか、実態を把握することです。
そして、アドベリフィケーションツールを使ってリスクを減らしていくことと、内部統制の構築でリスクを減らす仕組みをつくることが重要となります。何かアクションを起こしたあとにはきちんと結果を確認しアセスメントする「健康診断」が必要です。まだ問題が起きていないから大丈夫、と思われている広告主の方も、診断すると実は問題点が多々あった、ということがあります。問題点は当然排除する必要があり、そのためには普段の習慣(運用)を変えなくてはなりません。社内のマーケティング部門に対してどんな教育をする必要があるかなど、ガイドラインを作成し、取り組んでいくことが有効です。
リスクアセスメントでは、企業においてどのような体制で広告関連業務が遂行されているかのヒアリング調査やリスク対策チェックシートを使って、現状想定されるリスクやその度合いをスコア化して見ることができます。
またアドベリフィケーションツールを使い、実際にどんなリスクがどの程度発生していたのか、検査を実施することも可能です。リスクアセスメントレポートでは、リスクを未然に防いでいくために必要な対策方法までご提示し、サポートいたしますので是非ご相談ください。
柳谷:デジタル広告を運用している以上、どうしても発生しうるリスクをしっかり可視化し、対策していくことは不可避です。リスク対策を行うことはマイナスをゼロにするためだけのアクションではなく、企業活動のプラスにつながっていくと考えますので、是非ご検討ください。
本日はありがとうございました。